福田貴日のコラム 〜第2篇〜


受験一般篇 〜その15〜 禍転じて福となす(その2)

(1)明大明治高校への進学が、希望の進路に繋がらなかったT君
 お母様からA君の将来の高校進学について相談を受けた時、私はかつての教え子に関わるある出来事を思い出していました。実は私には明大明治高校への進学が大学進学という意味では良い結果に繋がらなかった、別の教え子がいたのです。10年以上も前のことです。その生徒をここで仮にT君と呼ぶことにします。T君は高校受験で明大明治に合格した、受験においては言わば勝ち組でした。

 しかしT君にはとても気になる問題点があったのです。実は彼は要領がよく、英・数・国の三科目はとても良くできたのですが、理科や社会は非常に苦手で、本当は勉強好きとまではとても言えなかったのです。
 そのことを心配してか、T君のお母様は高校入学後も私たちの指導を再び継続して下さったのですが、実際にはそれで済む問題ではありませんでした。というのも私の数学と別の先生が担当していた英語にはおかげさまで問題はなかったのですが、やはり理・社関連の科目は悪く、特に日本史では赤点を取りそうになってしまったのです。
 その時は知り合いのプロの日本史の先生に依頼し、かろうじて進級はできたのですが、つけた時期が遅かったため結局のところ明治大学への推薦という点では、希望の文系学部への進学がかなわなかったのです。私には今でもその時の、T君とお母様のがっかりした表情が忘れられません。ちなみに彼については大学受験をするつもりはなく明治大学への推薦を目標にしていたので受験勉強はしていませんでした。この時、3人の家庭教師がついていても、指導に必要な科目が多すぎる場合にはやはりできることには限度がある、と思い知らされたのです。

(2)将来、理工学部に進学するのに最善の方法とは?
 A君もT君と同様明大明治高校に入学すれば、落第しそうな科目をたくさん抱える可能性がありました。私は次第にあの時の経験を無駄にしてはA君に気の毒だという気持ちになっていったのです。

 実際それは普段の彼を見ていてもはっきりと言えることでした。

 実を言うと、私はA君が明大明治中に入学してからも彼に対する指導を行っていました。T君の場合とは違い、私が一人で英・数は勿論テスト前には社会や理科をフォローすることもあったのですが、その過程で気づいたのは彼が明大明治のやり方についていくのは無理なのではないかということでした。私が彼を少々手伝ったくらいでなんとかなるものではなかったのです。それ故私がお母様から相談を受けた時、言うべきことは既に決まっていました。

 それは明大明治高校進学とその後の理工系の大学進学は両立しないという結論でした。私の考えは担任の先生と同じだったことになります。なんといっても明大明治中は定期テストの問題が彼にとって難しすぎるようでした。理系科目はともかく文系科目では落第点を取らないようにするだけでも大変でしょう。仮に何とかそれを乗り切って明大明治高校に持ち上がれたとしてもさらに過酷な高校の定期テストを毎回凌がなければなりません。進級するだけでも精一杯の状態で、どうして他大受験のための受験勉強をする余裕など持てましょうか?勿論、推薦入学など論外です。A君が理工学部を目指すなら、高校は他を目指した方が良いのは明らかでした。

(3)東京工業大学付属科学技術高校をめざして
 当然お母様は不安な様子になりました。A君も同様でした。しかし私が高校受験をした方が良いのではないかと申し上げることで、ゆっくりではありますが二人は徐々に気持ちを切り替えようと心掛けて下さったのです。勿論、これを口にした以上私ももう後には引けません。なんとかするしかないと腹をくくったのです。

 私の覚悟は覚悟として、お母様は実際には明治高校進学の可能性についても捨てきれなかったようですが、一方で彼に適した学校をいろいろ調べ始めていました。

 私のイメージではA君に適した学校とは、たぶん以下のような条件が必要だと感じていました。
@ 理工学部進学を中心とした指導が行われている
A 理工学部に対する十分な指導実績がある
B 文系科目はそれ程勉強しなくても、学校の成績にあまり影響しない
C 入学試験では理数が重視される
D 入学試験の国語で文学的文章があまり出ない
E 入学試験の国語に古文がない

 しかし、こんな都合の良い学校が果たしてあるものだろうかと思いを巡らせていると、ある日お母様の方からある高校について話題に上ったため、検討することにしたのですが、それが東京工業大学付属科学技術高校でした。

 私はその学校の内容を知るやいなや、そこがまさにA君にとって理想的な学校であることに気付いたのです。

 まず一学年約190人のうち35%前後が理工学部に推薦で進学でき、一般受験も加えればほとんどの生徒が理工系の学部に進学する。しかも難関国立大学で有名な東京工業大学に毎年、10人程の推薦入学者を含む15人程度の合格者を出している。加えて英・国・社といった文系科目の授業時間が理系科目と比べると格段に少ない。入学試験については3科目の英・数・国だが、英・国で100点ずつの配点なのに対して数学の配点がなんと150点である。国語に古文はないし、長文も論説文が中心である。

 とはいえ、手放しで喜べるほど単純なことではないことも又確かでした。その学校は難関国立高校であり、理工学部出身者の就職が大変良い昨今にあって、人気急上昇中でしたし、そのため翌年度の予想偏差値も69だったのですから。
ただお母様がその内容を見て、ため息交じりに“こんな学校に息子を入れられたらいいなあ”と仰っていたのに対して、私は目標が定まって、徐々に自分に気合が入っていくのを感じていました。

(4)お母様の不安
 私が目標校にどうやって合格させようかと思案していた頃、お母様は全然違うことを考えていました。そもそも学校で落第すれすれの成績をとっている自分の息子が、現実にこんな難関校に合格できるものだろうかと言うのです。お母様はわが子の成績が悪いことで、すっかり自信を失っていたのです。

 “なるほどそういうことで悩むのか”。
 “不安を取り除くための適切なアドバイスが必要だ。”

 そう感じた私は、次のようにコメントしたのです。

 “お母様、お子様が難関の中学入試を突破してみごと明大明治中に合格した日のことをどうか思い出して下さい。あの頑張りを経験したことのない者に負けることなどありえません。”

 実際、私は普段なんの勉強もしないさぼり癖のある私立中学の生徒が、高校入試の模試をいきなり受けていとも簡単に偏差値60を超える姿を何度も目にしていたのです。
つまり私の経験では、中学入試を突破した生徒はそれ程勉強していなくてもそれだけで、平均的にかなり高い学力を持っていることが当然の常識だったのです。
私には明治中に合格したA君の底力からして東京工大付属高校に合格することがそれ程難しいこととはとても思えませんでした。

 とは言うものの、学校では中学二年になったA君にお母様を不安にさせることが次々と起きていました。

 一番厳しかったのは英語の成績でした。一学期中間に42点、一学期末が38点。勿論40点を下回っているので赤点です。お母様にしてみると、高校入試のことよりむしろこのことの方が気になってなんとかならないものかと思い悩む日々が続いていたようでした。
私もここまでひどい成績では気の毒なので、この頃は学校の英語の勉強にかなり力を入れるようになってはいたのですが、別の事情もあって解決が難しい問題になっていたのです。実は彼は部活であるサッカーの激しい練習で毎日疲れて帰ってきたために勉強をする気力に欠けていたのです。本当はこのあたりで部活を辞めるという決断があっても良かったのですが、クラブ活動は重要だというお母様の方針もあり、事態を変えることができなかったのです。
そして二学期の中間・二学期末と40点を超えられないことが普通になっていったのです。三学期も同様でした。

 その結果A君の二年生の成績は遂に、5段階評価で英語が1、社会も2になってしまったのです。数学や理科が得意といっても出来る子の多い明治ですから、テストの全科目合計の総合順位もすでに、毎回下から数えて一割以内という状況が固定化していました。
やるべきことをやってもこうなるわけですから、学校の成績に関しては、私としてももはやなすすべがありませんでした。お母様はというと、明治高校進学を完全にあきらめてはいなかったので、ただ茫然とその成績表を見つめることだけしかできないという状況になってしまったのです。

ただ彼に関しては、幸か不幸か気持ちの中で

“これでは明治にいてもどうにもならない。”

という気持ちがだんだんと強くなっていったようでした。

(5)一発逆転の予感
 しかし落ちるところまで落ち切ったA君の学校の成績が、三年生になるとあることが切っ掛けになって上がり始めることになるのです。それが起きた背景については、次のコラムでご紹介することにして、ここでは学校の勉強とは違う観点から彼の英語の学力について皆さんにお伝えしたいと思います。

 お母様の立場からすると学校の英語の成績こそ何とかしてほしいと思う大きな問題点だったとは思いますが、実は私からするとどうしても見落としていただきたくなかったある重要なポイントが他にあったのです。

 それはA君の英語の学力は決して低くないということでした(前回のコラムでもこのことについては指摘致しました)。

 この点は大切なことでしたので、折に触れてお母様にはその理由を分かるように説明していました。実は私は彼の英語の学力を、英検や実力テストそれから中三になってからは模試で判断していたのです。
 彼は中一の10月に英検4級に合格(中2終了レベル)していましたし、中2の10月に3級に合格(中学卒業レベル)していました。さらに普段の中間・期末が悪い割には、二学期の夏休み明けにあった、試験範囲がなく準備の難しいはずの実力テストで、46点と健闘していたのです。

 このことは彼の学力が、公立中学に通っていれば間違いなく上位に食い込む成績を取れることを意味していたのです。
そしてこれこそが東京工大付属に合格するために必要な学力であることを二人に強調し続けたのです。

 東京工業大学付属科学技術高校入試まで、あと一年を切っていました。

(2014年8月7日)
家庭教師 福田貴日



受験一般篇 〜その14〜 禍転じて福となす(その1)

(1) 適正も学校選びの大切な要素
 皆さんは、お子さまの中学受験の時にどのような考えで学校選びをされているでしょうか?進学実績がいいから?大学の付属校だから?面倒見がいいという評判だから?野球やサッカーといったクラブ活動が盛んだから?等々、様々な価値観で選択されることでしょう。
 しかし現実の学校生活は必ずしも入学前のイメージ通りにはいかないものです。
 満足のいく学校だと思って入学したにもかかわらず、思うようにならないことが多くて困ってしまったという方はいらっしゃるもので、志望校選びの難しさについて改めて考えさせられます。

 さて前回のコラムである“バランスの勝利”では、サッカーのグラウンドが気に入ったA君が明大明治に合格するまでの奮闘記をご紹介致しました。これに対して、今回は合わない学校を選んでしまったと気づいたA君とお母さまがどのように方向転換されたのかについてのお話です。“なんてもったいない!”と思われる方もいらっしゃるかとは思いますが、このような例もあるということをご承知おきの上で、これから中学受験をされる方、又実際に進路変更の必要性に迫られて途方に暮れている方は、大いに参考にしていただきたいと思います。

 世の中には、勉強が好きな人もいれば嫌いな人もいますし、同じ勉強好きでも考える科目が好きな人もいれば暗記科目が好きな人もいます。特に勉強嫌いでなくても両方得意な秀才でない限り、だいたいどちらかのタイプに偏りがちです。
 A君が理科好きの子供であることは、彼についてのコラムで何度となくご紹介しました。これは勿論大きな強みで算数も得意なことから、私はこの子が将来科学者になるのではないかとよく感じたものでした。しかし一方、国語と社会が不得意でしかも暗記することが大の苦手でしたので、単純に勉強好きと言える子供ではないことも確かでした。
 果たしてこういう子にはどういう学校選びがふさわしいのでしょうか?

(2) 希望に胸を膨らませて中学に入学したA君に待っていたのは・・・
 A君は明大明治に入学した当初は、希望に胸を膨らませて学校に通っていました。サッカー用の広い人工芝を所狭しとばかり走り回る彼にとって学校生活は充実したものだったようです。彼は中学入学後すぐに体が大きく成長し、そのあまりの大きな体のためパワー・ディフェンダーとして相手チームから恐れられ、彼からボールを奪おうとすると吹き飛ばされることから、誰もボールを持った彼に近づこうとしなかったといいます。
 しかし何もかもが充実していたわけではなかったことも又確かだったようです。勉強ができる子が多数いることからなかなかいい成績は取れなかったようでしたし、好きな理科・数学はともかく国語・英語・社会が不得意で、その点はとても大変だったようです。
 しかも明大明治は勉強の進みも速く、覚えることも半端でなく量が多いため、苦痛で顔をゆがめながら日々テストや課題に追われていました。特に大変だったのは、英語だったようです。どうやらこの学校では、英語をとても重視していて、様々な小テストを行うだけでなく、ラジオ基礎英語を毎日聞かせそのための確認テストを実施したり、NEW TREASURE(英語のテキスト)の各単元の文章を丸暗記させるということを頻繁に行っていたようです。A君は覚えられない英語の勉強をすることで、だんだんと無気力状態になっていったのです。テストはテストで厳しく、選択問題のほとんどない記述ばかりの出題であるにもかかわらず、部分点をつけず完答にしか丸を与えないため、中1の三学期のテストではもう赤点(39点)をとってしまい、結局この学年の英語の内申は5段階評価で2がついてしまうという有様でした。
 A君の名誉のために言わせていただきますが、彼は決して英語の学力が低い子ではありません。公立中学に進学していれば間違いなく成績上位に入れる子です。明大明治の英語がそれだけ厳しいということにすぎないのです。

 このようなことからA君のお母さんは中1の段階からわが子の将来について不安に思い始めたようでした。お母さんはその時すでに、わが息子を理工学部に進学させることに決めていましたし、明治の理工学部に推薦されないのなら一般受験で他大を受験させようと考えていたようで、成績が全体としては下位でも理数さえできていれば明大明治の高校から希望の学部に進学できるのかをクラス担任に相談したそうです。
 すると偶然にもその先生がたまたま前年の高3のクラス担任だったためその辺の事情について詳しく話を聞かせてもらえる機会に恵まれたようなのですが、その話し合いの中で浮かび上がってきた現実にお母さんは衝撃を受けることになってしまったのです。

(3) 理科好きのA君が理工学部に進学できない悲劇
 その先生によると、明治大学への推薦は総合成績で決まるものなので理工学部だからといって理数が良ければ入れるというものではないらしい上、高校に入学すると学校の勉強が忙しく成績上位者でなければ他大受験のための勉強をする余裕は持てないだろうというのです。そして結論として、他の高校に進学することを勧められてしまったのです。

 お母さんは頭を抱えて考え込んでしまいました。A君はというと、自分は一体何のために苦労して明治中に入ったのだろうと愚痴をこぼすことが多くなりました。
 無理もありません。特に勉強好きというわけでもないA君が大変な苦労をしてやっとの思いで入学した学校です。どうして簡単にやめることができるでしょうか?仮に高校受験の勉強をしたとしても、大学の理工学部に有利にはいれる高校に入学できるなんて保証はありません。
 しかし現実を知ってしまったお母さんには、わが子の将来についてどうするのが一番良いのかを考える必要に迫られたのです。そして遂に私に相談を持ちかけてきたのです。
 A君が中学に入学してからまだ一年もたっていない時期でした。

(2014年4月8日)
家庭教師 福田貴日



中学受験篇 その13 バランスの勝利(その2)

 受験に対する心構えとはどういうものか皆さんご存知でしょうか?

 12月以降になって注意しなければいけないことは二つあります。一つはこれまでのやり方を変えないようにすることだと思っています。入試直前になり、塾や模試の成績が振るわなかったり、過去問の出来が悪かったりすると、急に勉強のやり方や志望校を大きく変えたりする方がたまにおられますが、あまり感心しません。というのも勉強は本来、計画的学習をどれだけ積み重ねてきたかでその成果が決まるものだからです。入試直前ですから、調子が狂ってなかなかもとに戻らないまま入試に突入してしまうことだって考えられます。精神面が不安定になりがちなこの時期だからこそ、それまで続けてきた自分自身の勉強の中身については自信を持ってもらいたいと思います。

 もう一つは過去問を解く場合、そろそろ入試本番を意識して、当日と同じスケジュールで問題に取り組んだ方が良いということだと思います。4科目を1日で解いた場合と、何日かに分けて解いた場合とで、得点が異なる子供がいたりするからです。実際、A君は4科目連続の試験に疲れはて、最後の科目で頭が回らなくなることもよくありました。その際に休み時間の長さや使い方にも注意を払いました。適切にトイレに行ったり、簡単な栄養補給をしたり、とにかくリラックスするように心掛けることで元気を取り戻し、子供が本来の実力を発揮できたという経験が何度もあったからです。以下、受験までの指導経過をお話したいと思います。

(1)6年生前半(主に夏休みまで)の指導内容
 A君の指導は週2回でしたが、1回を最も苦手とする国語の日にして、読解・記述はもとより漢字・その他の知識分野に至るまで指導し、もう1回を算・社にあてていました。算数については普段は予習シリーズ6年(上)を使い応用・発展力を磨いてもらい、春/夏休みには演習問題集5年(上・下)を使って基礎学力をしっかり身につけてもらいました。

 社会については一番苦手な歴史を、“テーマ別特訓ノート歴史(学研)”でまず入試によく出る事項(人物・事件等)を覚えてもらい、全体の流れを追う作業は9月以降に行うことにしました。ただA君にとって負担の多い国・社に力を入れたことで、予習シリーズ6年(上)の完成と演習問題集6年(上)を扱う時期が遅くなり、結果として算数の成績低下につながったこと、さらに理科についても見過ごせない問題点が見つかり、お母さんが慌ててしまったことについてはバランスの勝利(その1)でお話した通りです。この事態をどう克服して明大明治合格へと導いたのか、その秘密をお話するのが今回のコラムのテーマです。

 以下、夏休みまでのA君に対する指導・教材です。


算数 ◎ほぼカリキュラム通り(複雑なものは夏休み以降に扱う)・・・
・四谷の予習シリーズ6年(上)  
・準拠計算と一行問題集6年(上)  
◎春/夏休み・・・準拠演習問題集5年(上・下) 

国語 ◎4月〜8月・・・四谷の予習シリーズ5年(下)  
   ◎2月〜11月・・・準拠言葉の練習帳5年(上・下)    

社会 ◎2月〜9月・・・テーマ別特訓ノート歴史(学研) 
(時代別にまとめる作業は9月以降に四科のまとめで行う)

(2)9月以降の指導方針
 9月に入り志望校である明大明治を中心に、過去問演習を毎週最低1つのペースで行うことにしました。しかし合不合の結果(明大明治は全ての模試で20%未満)からわかるように実力が不足しているため、合格点など取れるはずもありませんでした。当然答案に点数をつけただけで済む問題ではなく、弱点を発見し説明した上で合格点が取れるように勉強を繰り返す必要がありました。しかしこれが上手くいけば、一気に形勢が逆転出来ることを考えると私はむしろこれからの方が大切だと考えていたのです。

 過去問演習は塾で週1回受けておりましたが、そこでは採点や解説までは行っていませんでしたので、採点については私とお母さんとで協力して行い、解説については指導時間の中で行ったのです。ただ四科目全ての解説をする時間的ゆとりがなかったので入試において配点が高く結果に直結する算・国のみ毎回解説をして、理・社については出来の悪いものだけ後で扱うことにしたのです。では、明大明治の過去問結果とその流れについてお話したいと思います。


(3)過去問対策の威力
 以下が過去問結果です。

日時 年度・回数 国語 算数 社会 理科 合計 合格最低点 合格最低点
との差
満点 100点 100点 75点 75点 350点 350点
9/11 H22 第1回 64 35 20 20 139 219 -80
9/18 H21 第1回 35 26 28 37 126 222 -96
10/02 H20 第1回 34 51 23 26 134 234 -100
10/16 H18 第1回 48 26 32 18 124 221 -97
10/30 H22 第2回 66 35 51 32 184 229 -45
11/06 H21 第2回 46 62 18 51 177 237 -60
11/13 H20 第2回 50 39 40 54 183 237 -54
11/27 H19 第1回 74 68 34 33 209 236 -27
12/04 H18 第2回 69 60 53 53 235 229 +6

 皆さんはこの結果をご覧になってどうお感じになったでしょう。初回から4回目まで、合格最低点との差が80〜100点の得点不足ですから「合格なんて不可能だ。」と思われたかもしれません。事実私はA君の通っている塾で、A君と同じ志望校である他の生徒たちが、やはり過去問を解き始めてはみたものの、その難しさから次々と志望校を変えていったという話を耳にしました。しかし私はこの結果を見て、A君が体力・気力を最後まで持続し続けることができるかを心配はしても、「合格はあり得ない。」等と思ったことはありませんでした。合不合の成績からして、出来ないのは当たり前であって、私は逆に闘志を燃やしていたのです。事実、3ヶ月あまりの過去問指導により、12月4日には合格最低点を上回る結果を出すことが出来ました。これで志望校への合格が決まったわけではありませんが、望みが出てきたことは明らかでした。

 私の長年の経験から、A君ならこれくらいのことはやれる可能性があることを確信していましたが、ストレスに弱く、勉強に耐えられず途中で投げ出しそうになることがよくあったA君が、この結果を出すことは勿論易しいことではありませんでした。

(4)短期間でなぜこれほどの進歩を遂げられたのか…?
 以下月ごとに過去問結果に基づく対処法についてお話したいと思います。

【9月】
 まず、初回の国語で64点だったのを見て、私は「いける。」と思いました。明治の国語は記述が多く、決して易しくはありません。国語が一番の苦手科目であったA君にとって、これは最初にしては大成功でした。そして同時に「何としても国語の得点力を確実なものとしなければならない。」と常に考えて指導してきたことが成果として実ってきていることを十分に感じさせるものでした。しかし一方で9月18日の国語の結果(35点)では、知識分野の得点が大きく落ち込んでいましたので、結局、国語で得点力を安定させるには、「知識分野を確固たるものにしなければ…。」と改めて感じさせることにもなったのです。そこで、準拠言葉の練習帳5年(下)にも力を入れたのはもちろんですが、漢字や語彙力についてもさらなる課題を課すことにしたのです。

 次に算数については、この時期、国・社に力を入れ過ぎた為、さまざまなテストで得点が落ち込み始めていましたし、予習シリーズ6年(上)はいまだ未完成、準拠演習問題集6年(上)に至っては、全く手をつけていなかった状況の割には、9月11日の35点、18日の26点という得点は、私には「最初にしては上出来だ。」と思えたのです。この結果を見ても私が慌てなかったのはA君がもともと算数を苦手としていなかったことから、「後で必ず伸びる。」という確信が私にあったからでもあったのですが…。ただ計算問題や比較的易しい問題でミスをしていましたから、「これについては、対処しなければ…。」とも思いました。

 理・社については、普段の指導を充実させることで十分に得点力が付いてくると思っていましたから、まずは過去問に慣れてくれれば良く、最初の何回かの点数は気にしませんでした。しかしそれだけに指導が最終段階に入っていた社会の“テーマ別特訓ノート歴史”については、力を入れて完成させました。この結果を受けて、以下のことを実行してもらうことにしました。

 まず毎日必ず漢字10題・計算5〜10題をやってもらうことに決め、これを入試前日まで続けるように指示したのです。ただしこれは肩慣らしとしても有効なことから、私の授業がある時は、授業前には終わらせておくように注意しておきました。次に国語の語彙増強のために“中学受験必須難語600(アーバン出版局)”を、算数は基礎事項の総復習の為、“ベストチェック(日能研ブック)”を仕上げるように指導したのです。

 ベストチェックの完成がもたらしたものは大きかったと思います。これによりA君の中で今まで学んだ算数に関するほぼ全ての単元が頭の中で整理され、忘れていた単元も思い出せるようになっていったからです。さらに算数については過去問の解説に加えて、予習シリーズ6年(上)の中でもまだ扱っていなかった、やや複雑な内容のものについても指導し、ベストチェックと共に10月の半ば頃に終了しました。

【10月】
 国語は知識分野を重視して指導しました。点数が悪いときには、必ず知識分野が落ち込んでいたからです。算数は入試標準レベルの問題を集めた、“応用自在計算問題の特訓(学研)”を用い、弱点と思われる分野を発見したらすぐにその単元の問題を解く作業を徹底してもらいました。それと応用・発展力を磨いてもらうために、準拠演習問題集6年(上)をまず基本問題を全単元扱い、次に練習問題を全単元扱うという具合に進めていきました。過去問を解いていくうちに、次第に明治の算数の傾向がはっきりしてきましたので、よく出る分野、例えば“ニュートン算”や、“正六角形の性質を用いた問題”等については丁寧に解説しました。

 社会については、この時点では過去問の解説は一切行わず、四科のまとめ(四谷の教材)を用い、怪しいということがだんだんわかってきた公民とそろそろ忘れかけてきた地理の復習のチェックを始めました。一方、この頃から理科の弱点分野についても要望があり、指導を週2回から3回に増やさせていただき、特に苦手な計算分野を中心に扱うようにしました。ただ過去問の解説は、社会と同様まだ始めてはいませんでした。以上のような指導の結果10月30日には、過去問結果に見られるように合格には程遠いものの大分力をつけてきたのです。

【11月】
 社会は歴史や地理そして公民のチェック、理科については計算分野の復習が進み、さらに明治の過去問に慣れてきたことで、大きな手応えを感じ始めていました。加えて27日には、算国セットである程度満足のいく得点に達したことから、4科目で高得点をあげ合格最低ラインを超える日は近いだろう、という予感がしてきたのです。そして12月4日ついに合格点を取り、実力的には合格してもおかしくないレベルになったのです。

(5)合格確実を目指して
【12月】
 あと2カ月でやるべきことはいかにしてこの実力をより確実なものにし、2月に第一志望校への合格に結び付けるかでした。過去問については、明治はほぼやりきっていたので他の学校、例えば第2志望の国学院久我山中、第3志望の東京農大第一中、等を扱いました。

 科目別指導について申し上げますと、国語については知識分野の勘を鈍らせないようにする為に準拠言葉の練習帳6年(上)に入りました。社会については、4科のまとめの歴史のチェックに入ったのですが、ここで当初の予定通り歴史を時代別にまとめる作業を特に意識して指導しました。

 過去問指導はというと国学院久我山中、等を解くことに加えて、明治については、国語は知識分野を確実なものにする為、間違った問題を復習するようにしました。算数はやはり間違った問題の解法を暗記する位何度もやり直してもらいました。私には、明治の算数は傾向がかなりはっきりしているように感じられたので、完璧にできるようにすれば非常に有利だと思えたからです。さらに、いよいよ今まで後回しにしていた理社の解説についても指導するようにしたのです。ただし時間的にいって、全てを扱いきれないことは明らかでしたので点数の悪いものやはっきりと弱点だと思われるものを中心に指導しました。理科は必然的に計算分野の指導が中心になりました。

【1・2月】
 入試の初日は10日の西武文理でした。偏差値は合不合で53でしたからA君にとってはこれでも合格すれば成功と言える学校でした。準備としては過去問を3年分解いた上で復習してもらいました。解説はやはり時間的制約から、国算以外は手が回りませんでしたが、幸い合格することが出来たのです。1月受験は、この一校だけにしました。練習のための学校をあまり沢山受けすぎると、その準備に追われ、本命対策が中途半端になると考えたからです。

 2月2日、明治の合格発表は夜遅い時間(午後10時)でしたので、お母さんにしてみると気が気ではなかったようです。第一志望ですから合格していれば受験はそれで終わりです。しかし不合格であれば翌日、午前中にもう一度明治を、さらに午後には第二志望の国学院久我山中を受けなければならず、早く寝かせる必要がありました。実際には午後9時15分頃に電話での合格が確認でき、嵐のような拍手が巻き起こったことについては、バランスの勝利(その1)でお話した通りです。

 それにしても、受けた模試全てで20%未満の判定が出たにもかかわらずA君が明治に合格出来たのはいったいなぜだったのでしょう? まず第1に言えることは模試の成績は学力の目安に過ぎないということです。入試問題に傾向があるのと同じように模試にも傾向があり、対策を練ろうと思えば練れるのですが、私は模試対策というものはあまり意味が無いものと思い行いませんでした。明治の過去問対策にこだわりぬくことこそが重要だったのです。

 次にA君の体力・気力を考慮に入れながら、4科目全てについて弱点分野を把握し、本人にとって特に必要なものから負担になり過ぎないように、絞って指導したということです。基本的な方針は変えず、それでいて時に柔軟に、あらゆる意味で全体のバランスを考えながらの指導を貫いたのです。幸いにしてA君も、A君のお母さんも私の考えを理解し、私を信じて最後まで頑張りぬいて下さいました。その信頼関係がなければもちろんこの奇跡のような勝利はなかったと思います。そういう意味ではこのバランスの勝利は、2人のご協力に支えられたものだったと言えると思います。

 ところでA君はなぜそんなに明大明治に入りたかったのでしょう。実はA君は勉強よりサッカーが好きな少年であり、学校見学のとき明治のサッカーグラウンド(とても広くてしかも、人工芝です)を一目見て気に入ってしまったようなのです。志望校の選び方は人により様々ですが、A君の場合、サッカーをするのに適した環境というのが決め手だったようです。A君が元気にプレイしている姿が目に浮かぶようです。これからも勉強に、スポーツに頑張ってほしいと思います。

<小学校6年生(小六の9月〜)>
過去問:主に明大明治(4科目共)
算数:四谷の予習シリーズ6年(上)の中のやや複雑なもの(10月半ば頃終了)
   準拠演習問題集6年(上)(10月半ば〜1月)
   ベストチェック(日能研ブック)(9月〜10月半ば)
   応用自在計算問題の特訓(学研)(10月半ば〜1月)
国語:準拠言葉の練習帳5年(下)(7月〜11月)
   準拠言葉の練習帳6年(上)(12月〜1月)
   中学受験必須難語600(アーバン出版局)(9月〜1月)
社会:テーマ別特訓ノート歴史(学研)(2月〜9月)
   四科のまとめ(四谷の教材)(10月〜1月)
理科:塾の教材

(11年10月27日)
家庭教師 福田貴日



中学受験篇 〜その12〜 バランスの勝利(その1)

(1)第一志望校合格を勝ち取った生徒、それは・・・。
 2月2日(水)、午後9時15分頃。嵐のような歓声と拍手がご家庭で沸き起こりました。
それは明大明治(第1回)の合格が決まった瞬間でした。その日私は用事でたまたまそのご家庭に居合わせていて幸運にも直接、その歓喜の輪に加わることが出来たのです。私はこの生徒を小学校2年の時から指導してきました。国語が非常に苦手で文章を書くのが嫌いなため、作文好きにすることを目指しその過程で思いもかけず将来、科学者になるかもしれないと思えるほど理科好きなことを発見したその生徒とは、そう…あのA君だったのです(ここでA君についてご存じない方は、前回のコラム“好きこそ物の上手なれ”をご参照下さい)。

(2)奇跡に近かった合格
 合不合における明大明治(第1回)の偏差値は60を超えていましたから、A君をとても優秀な生徒だと思われる方が多いかと思います。しかし現実は全く違っていたのです。以下がA君の合不合における全成績です。

第1回(9/19) 第2回(10/17) 第3回(11/14) 第4回(12/12)
算数 54.3 43.7 44.8 44.1
国語 50.9 46.9 53.0 56.8
理科 48.0 59.4 47.7 50.5
社会 37.3 49.9 52.4 55.5
4科 47.8 48.4 49.2 51.8
明大明治判定 20%未満 20%未満 20%未満 20%未満
<いずれも偏差値>

 ご覧の通りA君の4科の成績は最高が偏差値51.8であり、判定も常に20パーセント未満でした。常識的に考えれば明大明治合格などありえない生徒だったのです。この生徒をどうやってこの学校に合格させるか、その道は困難の連続でした。

(3)4科目受験なんて無理!?
 まず申し上げたいことは、A君は4科目で受験させること自体が難しい生徒だったということです。理数系の方ができる生徒でしたので6年生になって本格的に志望校を決めなければならなくなった時、合格する可能性の高い理科・算数の2科目受験が可能な東京農大一中に絞った方がいいのではないかという話しもよく話題に上りました。なにしろA君は何かに力を入れると理科以外のことはその多くを忘れてしまうところがありましたから、国語や社会にも力を入れるということは大変危険なことだったのです。しかし本人の明大明治への想いは捨てがたく、結局私も覚悟を決めて指導に当たることにしたのです。ではどのような指導をしたのか、それをこれから具体的にお話ししたいと思います。

(4)国語の記述に力を入れる
 話しはA君が小学校2年の時に遡ります。A君の家庭は教育熱心ではありましたが当の本人はいたって勉強嫌いでしたので、最初お母さんはどうやって勉強の習慣をつけたらいいのかと困っていました。そこで私としてはまず中学受験において重要な算国から始め、じっくりと勉強に対する姿勢を作ることにしました。ただA君は算数に比べ国語を非常に不得意にしていたので国語の方に、より力をいれたことを覚えています。特に文章を書くのは苦手でしたから、記述力養成に関しては決して手を抜きませんでした。この時点ではあまり意識してはいませんでしたが後から考えると、この時期から記述式対策を行っていたことが明大明治への合否を分けたと思います。それとA君は漢字練習がとても嫌いだったのですが、これについてはお母さんに協力していただいていました。当たり前のようですが、日頃の漢字学習についての重要性はいくら強調してもしすぎることはありません。明大明治の国語の過去問でも漢字の出来が悪いことが多く、最後まで苦しめられました。以下は小学校2年から4年の12月までの国語の方針と使用教材です。

<小学校2年生>
方針:作文に対する苦手意識の克服
使用教材:
小学低学年用21世紀の作文力をつける(学研)
ワンランク上の思考力の国語初級編(りいふ・しゅっぱん)

<小学校3年生〜4年生の12月>
方針:(1)記述力養成(2)長文読解力養成(3)言葉の知識の増強
使用教材:
ワンランク上の思考力の国語中級編(りいふ・しゅっぱん)
トップクラス問題集国語3年(文理出版)
10歳までに覚えておきたいちょっと難しい1000の言葉(アーバン出版局)


(5)苦手科目と得意科目ではペースに差をつける
 ところで塾についてですが、A君のお母さんは入塾を4年生の2月からと決めていました。そこで私は意識して翌年の入塾に向けた指導を3年生の2月になった時から始めました。算数は四谷の予習シリーズ4年(上)をカリキュラム通りに進めることにして、苦手科目である国語はそのことを考慮しながら4年生の12月までトップクラス問題集国語3年を使い、4年生の1月からカリキュラムよりほぼ1年遅れで予習シリーズ4年(上)に入る形にしたのです。そんなやり方をしていては苦手科目が志望校のレベルまで届かないのではないかと不安に思われる方もいらっゃるかもしれませんが、本来苦手科目を得意科目と同じペースで進めること自体、無理があるのです。もし塾に通っても成果が出ないという場合は、塾のペースや教材が本人に合っていない可能性もありますのでそこは考慮された方が良いと思います。要は6年生の2月1日に間に合えば良いので焦る必要はありません。以下はこの時期の使用教材です。

<小学校4年生(小3の2月〜)>
算数:四谷の予習シリーズ4年(上・下)をカリキュラム通り進行
準拠計算と一行問題集4年(上・下)も同時進行

国語:トップクラス問題集国語3年(文理出版)
10歳までに覚えておきたいちょっと難しい1000のことば(アーバン出版局)
四谷の予習シリーズ4年(上)を小4の1月から開始


(6)塾では理社のみとってもらう 
 私は国算に関しては漢字の書き取りを除いてほぼ完全に一人で指導するつもりでいましたので、塾の利用についてお母さんから相談された時に理社のみの選択をお勧めしました。この方針には異論のある方も多いかと思われます。というのもそもそも進学塾の多くは国算の2科目セットか国算理社の4科目セットという取り方しかできないところが多いからです。私としては塾中心の指導をご希望の方にはそれ相応の対応を致しますが、A君のご家庭は塾選びそのものも私に任せられていましたのでセットではなく科目の選択ができる、ある中堅の塾を予定通り4年生の2月から通う形にしていただいたのです。この塾では普段A君に使用していたテキストと同じ予習シリーズを使っていましたし、選抜テストを行わないことからレベルも高くないため、本人にとってそれほど負担にならず良かったと思っています(また自習室の完備や少人数制できめ細かく見てくれそうだったことも決め手になったと、お母さんが後で仰っておられました)。塾は実績のあるレベルの高いところの方が良いと考える方も多いかと思いますが、それは子供によりますので一概には言えないと思います。

(7)国語の知識分野に力を入れる
 語彙が貧困なこともA君が国語を不得意とする原因になっていると常々感じていた私は小学校3年の時から“10歳までに覚えておきたいちょっと難しい1000の言葉”を使って語彙力増強を図っていましたが5年生の4月頃からこれだけでは不十分だと思える事態に直面したのです。塾の国語のテストで、知識分野ができないために平均点を超えなくなってきたのです。一方でこの頃、かなりボリュームのある1学年上の予習シリーズ(5年)の算数をこなすことにも窮屈さを感じ始めていたので、家庭教師の回数を週2回に増やしていただきました。そこで時間的にゆとりが生まれ、国語の知識分野を本格的に指導することが出来るようになったのです。これは特に国語の長文読解における得点力が低い生徒にとっては不可欠なことです。A君の場合、テストの出来からこの分野が非常に弱いと感じていましたので予習シリーズにある、知識関連の単元と準拠ことばの練習帳を4年(上)から始める形にしました。ここで強調しておきたいことはそのやり方です。やらせてみて間違ったものには必ず印をつけ、最低2回はやり直しをさせるようにしたのです。あやふやな知識は試験の時には決して役に立ちません。焦って先に進めたところで形だけになっては無意味です。実際100点満点のうち、配点が漢字20点、語句20点になっている明大明治に於いてこの分野での得点力が安定してくると、読解の出来があまり良くない時でも、過去問の国語の点数がそれほど落ち込まなくなっていきました。

(8)夏休みは国社を重視し、算数は復習程度にする
 5月に入り夏休みをどう過ごしたら良いか相談された私は、この重要な時期を普段とは違うものにしようと思い立ちました。四谷のカリキュラムでは夏休みの間は復習が中心で単元は進みません。そこである程度出来ていると感じていた算数と理科は塾に任せる一方、手を抜くと危険な国語を私が重点的に、またここで社会を夏休みから新たに指導することにしたのです。これには理由がありました。以前から私はA君の社会のテスト結果が時々大きく落ち込むことに疑問をもっていたのですが、その間違え方に一つの傾向を見つけたのです。実はA君は選択問題の多いテストは出来るのですが、記述(漢字で書かせるものなど)の多い問題の時は全然出来ませんでした。これではレベルの高い学校は狙えないと感じた私は社会の指導の必要性を痛感したわけです。この時点では社会はまだ地理が中心でしたので“テーマ別特訓ノート都道府県で攻める地理”という教材の要点整理の部分を丁寧にノートに書き写させ、何度も声に出して読ませた上で、“小学社会白地図暗記の天才基礎編”と共に重要用語を覚えるまで繰り返しチェックする指導を実行したのです。書き写させることは記憶の定着に非常に有効な作業ですし、地理は都道府県別と単元別の二方面から整理するときちんと身につくと思っていたので、この2冊を使いました。

 ところで夏休みは算数にも、ある工夫をしました。基礎力の充実こそが受験において最も実力を発揮する土台になるものだと思っていた私は、予習シリーズ準拠演習問題集4年(上・下)を自習させることにしたのです。これは普段だと予習シリーズ5年(上)を指導することで忙しく、なかなか演習問題集まで手が回らないため、春休みとか夏休みといった時期にまとめて扱うのが良いと思えたからです。1学年下の教材ですが、基礎をしっかり身につけさせることが出来るという意味ではこのやり方が適切だと思っています。

(9)得意になった地理
 9月に入り、塾で理社、家庭教師では国算の体制という普段通りの方針に戻しました。しかし一方で、地理がまだ完成からほど遠いと感じていた私は、夏休み以降も地理の指導を続けました。この時期、既に塾での社会の授業は歴史になっていたからです。国算の合間に行う時間的に少々窮屈な指導でしたので結局1月いっぱいまでかかりましたが、社会のテストについては地理の部分だけは選択問題はもとより、あらゆる形式の問題で全体的にかなり良く出来るようになったのです。以下はこの時期の使用教材です。

<小学校5年生(小4の2月〜)>
算数:四谷の予習シリーズ5年(上・下)をカリキュラム通り進行
準拠計算と一行問題集5年(上・下)も同時進行
準拠演習問題集4年(上・下)を小5の春・夏・冬休みに扱う
準拠演習問題集5年(上)の一部を小5の冬休みに扱う

国語:四谷の予習シリーズ4年(上・下)を小4の1月から小5の10月にかけて進行
四谷の予習シリーズ5年(上)を小5の11月から3月にかけて進行
準拠ことばの練習帳4年(上・下)を小5の4月から1月にかけて進行
準拠ことばの練習帳5年(上)を小5の2月から開始

社会:テーマ別特訓ノート都道府県で攻める地理(学研)
小学社会白地図暗記の天才基礎編(学研)


(10)6年生になって
 A君は国語で少しでも手を抜くとすぐ感覚が鈍るので、国語には力を入れ続けました。一方、地理はできるようになりましたが、次は歴史が全く駄目だとわかり、5年の2月から重点的にこれを指導しました。歴史は6年生の10月頃にある程度仕上がったのですが、その頃には公民もなにもしないわけにはいかなくなっていました。要するにA君は国語も苦手でしたが、社会の暗記はそれ以上に苦手だったのです。これには悪戦苦闘しました。しかしその後が更に大変でした。A君は何かに力を入れると、理科以外のことはその多くを忘れてしまうため4科目受験が難しい生徒だったと既にお話しした通りです。にもかかわらず、なんとかA君の夢を叶えようと国語のみならず社会にも力を入れたわけですが、これは同時に大きな危険を伴うことを意味していました。後日、現実に恐れていたこが起きたのです。いつの間にか中学入試に於いて最も大切な算数の成績が平均点を大きく下回るようになったばかりか、得意だと思っていた理科にも見過ごせない問題点があることが明らかになったのです。お母さんは大慌てで、どうしたら良いかと何度も私に尋ねてきました。しかし私にしてみればA君に4科目受験をさせようと決めた時からこのようなことはある程度まで覚悟していました。途方もなく大変な状況には違いありませんでしたが、そんな中でも私には一筋の光が見えていたのです。この事態を一体どう乗り切って明大明治合格へと導いたか、それは又、次回のコラムで報告させていただきます。

(11年4月7日)
家庭教師 福田貴日



中学受験篇 その11 好きこそ物の上手なれ

(1)国語が苦手だった生徒A君
 小学校5年生になる教え子の一人(仮にA君と呼ぶことにします)のお母さんから突然連絡を受けたのは6月の半ばを過ぎたある日のことでした。お母さんはいつになく声を弾ませながら、“先生、夏期講習を受講させようと考えていたある大手の塾から電話があって、非常に成績が良いので一番上のクラス(3クラス中)で十分やっていけますと言われました。”とおっしゃるのです。お母さんによると、6月7日()に受験した四谷の統一テストがその塾の夏期講習の選抜テストになっていて、その出来が非常に良かったということでした。話を聞いて私もうれしくなりました。以下がその成績です

算数:60.8 国語:50.8 理科:68.6 社会:64.8 / 二科:56.6 / 四科:62.8 (偏差値)

 普段出来る子でしたらさして感動もしないのですが、この子の場合は別でした。というのもA君は小3の12月に別の大手の塾の選抜テストを受験し、

■算数:48.4 国語:42.7 / 二科:44.4(やはり偏差値で、理社はこの時点では学校の勉強しかしていませんでした。)

という成績でかろうじて一番下のクラス(3クラス中)に入塾が認められたにすぎず、これではあまり良い授業は期待できないのではないかとお母さんが心配した結果、結局入塾しなかったという経緯があったからです。ただA君の持つ潜在能力を考えれば、指導によってはいつ大きな成果が出てもおかしくないとも思っていましたので、不思議とは思いませんでしたが・・・。

 私は普段A君に主に国語と算数を指導していますが、今回は特に国語の指導内容を中心に紹介したいと思っています。実はA君は国語を非常に苦手とする生徒でした。A君はご覧の通り今回の四谷の統一テストにおいて、他の科目に比べて国語の成績が飛びぬけて悪かったわけですが、これでも過去最高なのです。A君は国語の偏差値で50を超えたことがなかったので、私の目標の一つは一貫してA君の塾ないし模試での国語の偏差値を50に届かせることでした。今回これを達成したことで、私は次なる目標に向かうつもりでいますが、その前に途中経過として私がA君にこれまでしてきた国語の指導とはどういうものなのかを皆さんにお伝えしようと思ったのです。

(2)A君の指導開始(小学2年生)

 私がA君を指導し始めたのは小学校2年生になってからでした。お母さんから中学受験をさせたいのだけれどもどんな勉強をさせたら良いのかわからないという相談を受けたのです。この時点ではまだ進学塾に通ってはいませんでしたが、進学熱の高い私立に通わせていることでもあり、それなりの意識の高さを感じた私は将来大手の進学塾に通ってもついていけるようにという思いで、指導することにしたのです。当然四科目受験になるであろうことは予想できましたが、国算の配点の方が理社の配点より高いのが中学入試ですから、まずは国算に力を入れることにしたのです。

 今回の家庭の場合、お母さんもA君の指導に非常に意欲的で私の指導時間以外にもいろいろと協力していただけそうだったので、指導内容について私とお母さんの二人で、役割を分担することにしました。A君はまだ小学校2年生でしたから最初私は国算にそれほど差がないだろうと思い、二科目を均等に指導しようと思っていました。しかし実際に始めてみると、国語を非常に不得意にしていることに気がついたのです。国語を算数と同じ比重で指導すれば、国語は完全に苦手科目になってしまうと思った私は国語の指導に力を入れることにしたのです。そしてまずその中でも最も苦手とする作文指導に取り組むことに決め、漢字の練習のようなものはお母さんに任せることにしました。そして算数についてはとりあえずお母さんが自分では教えるのが難しいという部分だけに絞って指導することにしたのです。

 ご存知のようにレベルの高い中学入試の国語の問題は記述式であることが非常に多く、大量の文章を書かせます。記述が苦手ではとても合格できません。しかも記述力養成には大変時間がかかります。すぐに記述力向上のための対策を練らなければならないと思いました。しかしそれにはまずA君の作文に対する苦手意識を取り除く必要がありました。

(3)作文嫌いを作文好きにする方法

 最初私はA君の通う小学校で毎日のように日記を書かせていることに注目しました。そしてこれを材料にしっかりとした文章を書かせようとしたのです。はじめA君の日記の内容は本当にひどいものでした。まず量が少ない。その上内容がなくてしかも漢字が全く使われていない。字も汚く、いやいやながら書いているのは明らかでした。例えばある日の日記はこんな具合でした。

 “きょうはともだちのうちへいって、いっしょにあそびました。たのしかったです。”

 こんな日記なら意味がないから書かない方がいいと思うくらいのものでした。いったいどうしたら良いのかと私は悩みました。考えてみれば文章というのは自分の言いたいことを相手に伝えるためのものです。しかしもしこれを勉強の一貫と考え、課題として出されているから仕方なしに書かなければならないとしたら、内容はどうでもいい、とにかく書いてしまえ、ということになり、当然そういう気持ちで書いた文章はつまらないものになるに違いありません。そう考えると文章というのは義務感で書くものではなく、自分が是非書きたいと思うことを書くものだということになると思います。

 しかし実際には作文が嫌いなお子さんというのは得てして、“書きたいことなんてない。”と言うことが多いと思います。子供がこう言う場合、私はお母さんに尋ねることにしています。“お子さんはどういう話をしているときが一番楽しそうですか。”と。

 こんなことを私が言うのも、子供が作文を書こうとする原動力は根本的には親子、特に母親との普段の対話の中にあると思うからなのです。子供が毎日の生活の中で楽しいと感じたことをお母さんに話す。それに対してお母さんが頷いたり、質問したり、意見・感想を言ったりする。こういう微笑ましい親子の対話が普段からあれば子供は“書くことはない。”などとは言わないと思います。作文嫌いな子供に作文好きになってもらうためには前提としてお母さんに子供と対話するときの会話のやりとりを意識的に工夫しようとする気持ちが必要だと思うのです。

 言い換えればお子さんが作文で、”書くことなんてない。“と言うようなら、お母さんには普段のお子さんとの対話を深めることで、作文の題材作りに力を入れることをお勧めします。このことはうまくすれば親子のコミュニケーションを深め、家庭内を明るくし、子供の心の成長という意味から言ってもいい影響を与える可能性すら秘めていますから、真剣に取り組む価値のあるものだと思います。

(4)学校の文集に載ったA君の日記
 話題をここでA君に戻します。A君が日記を書くのが嫌いなのは明らかでしたから、お母さんにはなるべくその日の出来事についてA君の話をよく聴いた上で、うれしそうに話す話題に絞り、何がそんなにうれしいのか、どのようにうれしいのかなど、様々な角度から突っ込みを入れてもらい、文章として表現するのに必要なキーワードをできるだけたくさん工夫して引き出すようにアドバイスしたのです。


 これに対してお母さんは早速A君が日記を書きやすいように、会話のやりとりを工夫しようとなさいました。すぐに効果が出るというわけではありませんでしたが、粘り強く実行していただきました。すると、およそ半年後の10月18日(水)の日記に


 “さいきんぼくは日記をかくのがすきになっています。なぜかというとじぶんでもわかりません。ほんとうにふしぎです。”

 と日記に対しての気持ちの変化を表すようになり、さらに年明けの1月14日()には

 “さいきんぼくは日記を書くのがまえよりずっとたのしくなっています。そして、かくのが速くなりました。“

 その気持ちがさらに強まり、日記を書くことに対する苦手意識が次第に消えていく様子が窺えるようになりました。たいしたことだと思われないかもしれませんが、子供にとって今まで嫌だなと思っていたものが楽しくなるということは大きな成長です。事実A君はそれからわずか半月後の1月31日(水)に今まで見たことがないほど上手な日記を書いたのです。しかもすばらしいと思うようなものは誰でもそう感じるようで、この文章は学校の先生の目に留まり、学校の文集に載ったそうなのです。少々長い文章ですが全文を掲載します。

 “今日は「ゆうびんきょく」へけんがくにいきました。ゆうびんきょくのなかで1ばんすごかったのは手紙にはんこをおすきかいと手紙をかく市ごとにわけるきかいです。はんこはなん月なん日にうけとったかがわかるようにはんこをおすらしいのです。はんこのきかいに手紙をいれてからいっしゅんではんこをおしているのがすごかったです。そのきかいは1時間に三万つうもの手紙がわけられているそうです。ぼくたちと先生でけいさんしてみると・・・1びょうにおよそ8つうもの手紙をわけるということになります。じっさいにぼくも手紙を出してみるとあっというまにわけられてしまいました。そしてぼくの手紙をさがしてみると立川というところにちゃんとわけられていました。やっぱりきかいはすごいなーと思いました。”

(5)いい作文にはその子の個性が表れる
 この日記のすばらしいところはA君の個性がよく表現されているところです。お母さんによるとA君は日頃様々な機械に興味を示すそうです。そしてそれをよく観察してそれが何をするためのものなのか、どんな仕組みで動いているのかを理解しようとすることが非常に好きなのだ、ということでした。私はこのような日記を書くA君は科学者に向いているのかもしれないと密かに思いました。実際、このときには想像もしなかったほど、後にA君は理科が得意になっていったのです。

さて、文章を書くことに対する苦手意識が消えたA君はこれからどういう成長を遂げることになるのでしょうか・・・。それは次回までのお楽しみとさせていただきます。

(09年8月6日)
家庭教師 福田貴日





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